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水城せとな『俎上の鯉は二度跳ねる』 (フラワーコミックスアルファ)

書店で単行本を見て、そのあまりの厚さに言葉を失う…。

こん中で、どんだけ2人の情念が渦巻いてんだ…!?

と、恐る恐る水城せとなさんの『俎上の鯉は二度跳ねる』 (小学館/フラワーコミックスアルファ)を読みました!

俎上の鯉は2度跳ねる女を抱いた次の日、俺は男との愛に耽溺する―

衝撃のラブストーリー、完結編!!妻と離婚した恭一(きょういち)。だが今ヶ瀬(いまがせ)との男同士の微妙な関係は、今も続いていた。今ヶ瀬に抱かれることに慣らされてゆく日々。ところが、恭一に思いを寄せる会社の部下・たまきの存在が2人の関係を大きく揺るがし始め・・・!?ケータイ少女誌「モバフラ」で配信された水城せとな大人気シリーズ完結編!! 

■初出■
憂鬱バタフライ/Judy 2006年10月特大号付録
黒猫、あくびをする/描きおろし
梟/モバフラ 2007年12月5日号~2008年2月5日号にて配信
俎上の鯉は二度跳ねる/モバフラ 2008年12月20日号~2009年4月20日号にて配信

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帯を見て、恭一、そこまで最低な男になり下がったか!と憤りましたが、それはとんだ勘違いでした。も~、紛らわしいって!汗

2006年BLコミック界最大の話題作、『窮鼠はチーズの夢を見る』(ジュディコミックス)の続編。
(今回新装版も同時発売なんですが、書店には並んでいませんでした…。なぜ!?)

Judyが廃刊になり、その後携帯配信のみだったものがようやくまとまってくれました!!
携帯のちっさい画面ではとても読む気になれなかったので、首を長くしてこの日を待ってましたとも。

しかも、最後の配信から単行本になるまでが早ッ!!汗

でも、とても楽しみにしていた反面、こんなに読むのが怖いと思った作品も久しぶり。

前作『窮鼠』ラストで、こいつらやっと落ち着いたか!
とホッとしたのも、つかの間。

さらに2人のドロドロが続いていたことを知った、その衝撃と言ったらなかったもので…。

「恋」ってホント、特効薬のない病気なんだよなあ。

BLというくくりではもう語れない。
実に水城さんらしい「恋愛漫画」でした!


多分、この作品も星の数ほどレビューが相次ぐと思うので、心に浮かんだことをさらっと…。
(と言いつつ、長くなる予感大。すみません。汗)

まずこの作品は、BLのようでいて、やっぱりBLではないなと思いました。

水城さんはこの作品を「Judy(レディースコミック)を読む、特にBLが好きではない普通の(?)主婦の人でも楽しめるように描いた」と仰っていますが、たしかに、これはいわゆる腐女子だけを意識した作品ではないですよね。

『俎上』では、「流されやすい」性格の恭一が、後輩でゲイの今ヶ瀬に押し切られる形で肉体関係を持つようになったのち、ずるずると関係を続けている描写から始まります。

本当はヘテロセクシャルである自分と、男同士の快楽に溺れる自分とのギャップを、“グレーなまま”にしておきたいのに、今ヶ瀬のことを考え出すと、自分を死ぬほど好きでいてくれる相手に、ちゃんとした「答え」を出さないといけないと考えるようになる。
それが恭一の「優しさ」、だからです。

そんな折、会社の部下である たまき と親しくなり始めた恭一を見て、2人の関係に限界を感じた今ヶ瀬は、自分から別れを切り出して、恭一のもとを離れていく…。

そうなって改めて思い知る、恭一にとっての今ヶ瀬の存在の大きさ。

そして、今ヶ瀬がいないことに少しずつ慣れた頃の、必然とも言える再会。
再び今ヶ瀬が繰り返す、「恭一が死ぬほど好きだ」という告白。

ラスト、ついに恭一は恭一なりの葛藤の果てに、たまきに別れを告げ、今ヶ瀬という「男」の恋人を選ぶわけですが、そこまでの過程を「これでもか!」ってくらいねちっこく描くことで、BL好きじゃない女性にも、「あー、こういう男、いるかもな」って思わせることに成功してると思うんですよね。

それは、(作中にもありますが)人を愛することの「業」、そんな男女を越えた普遍的なものがテーマになっているから。

今ヶ瀬は恋に振り回されて自分をあっさり見失っちゃうダメ男だし、恭一もずっと状況に流されっぱなしのダメ男。
ダメダメ同士でくっついたって、きっと上手く行きっこないって、読者もわかっているはずなんです。

だけど、この2人を応援したくなる。
痛々しいまでに必死な今ヶ瀬の恋を、なんとかかなえてあげたくなる。

「恋愛」って相手に夢中になればなるほど、好きな人の一挙手一投足で気分が天国と地獄を行ったり来たりするもの。

そして今ヶ瀬は、まさに「恋の苦しみ」を具現化したようなキャラです。

それに比べて、恭一は流されやすいと言っても「女相手なら男はみんなそんなもんじゃん?」っていう許容範囲にいると思う。
ただ、自分を一番に愛してくれた相手が男だったってことが騒ぎを大きくしているわけで。

恋愛にともなういざこざって、当事者の間では生きるか死ぬかに等しい大問題なんだけど、赤の他人からみたら正直犬も食わない代物ですよね。

終わってから考えれば、この作品はその痴話喧嘩の一部始終すべてを、えんえんと見させられて来たわけで…。

おまえら面倒くさい!さっさとくっつけよ!!

と、読みながら何度叫びたくなったことか。笑

でも、その発想はBL好きな人間のものであって、普通の読者を納得させるには、男同士がくっつくための、明快な理由が必要だった。
それを水城さんは「絆」と表現したんだと思います。


『窮鼠は~』と『俎上の~』がこれだけ多くの人の注目を浴びたのは、男同士という部分を差っぴいても、「恋愛」という魔物に翻弄される彼らの姿に、自らが経験した、そしてこれから経験するかもしれない、苦しみ、切なさ、そして喜びをを投影した人が多かったからじゃないかと思います。

私としては今ヶ瀬に押し切られる形で、おそらく一方的に求められて体の関係を結んでいた恭一が、自分から今ヶ瀬を抱いた瞬間に、2人の立ち位置が同じになって、そこからやっと新たな一歩が始まったと感じました。

そして多分、そういう関係にならないとヘテロの男は、同性に対しては本当の意味での「可愛い」という感情を持ちえないんじゃないかと思うんですよね。

「可愛いとは「愛す可(べ)し」と書くんだ」と今ヶ瀬に言われた時に、「知ってるよ」と答えた恭一は確かにもう覚悟を決めていたと思う。

でも、たまき に別れを告げに行った時、出掛けに今ヶ瀬に足止めされた数分がなかったら…。
あの時恭一が、数分差ですれ違った たまき のお母さんに会ってしまっていたら…。

きっと恭一は今ヶ瀬と、よりを戻さなかった(戻せなかった)だろうと思います。

でも、その数分間の「とまどい」で、今ヶ瀬が恋の勝者になったと思うと…。
やはり「恋の女神」はいるんじゃないか。

そう思わせた、水城さんの演出は非常にナイスでした!笑


今ヶ瀬は、これからもずっと自分が「男として当たり前の幸せ」(家庭を築いて、一家の大黒柱として家族を守っていく…みたいな)を恭一に与えられないことを悔い続けていくだろうし、多分、2人は今までのように何度も揉めて、いつか別れる日が来るかもしれない。

そして、それは恭一の予感通り、今ヶ瀬から先に駄目を出すんだろうと私も思う。

恭一には今ヶ瀬が可愛い、幸せにしたいと感じた気持ちを大切にして、ギリギリのところまで、共に歩いていって欲しい。

それが最後の最後で男をあげた恭一の、たまきちゃんに対する唯一の誠意の表し方ですしね。

「あとがき」で見れたような今ヶ瀬の笑顔が、これからもずっと続きますように。

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